スタインウェイ&サンズの豆知識1

スタインウェイ・これまでの足取り

1836年にハインリッヒ・エンゲルハルト・スタインウェイは、一般に「キッチンのピアノ」と呼ばれる最初のピアノをドイツ自宅の台所で作り上げました。ピアノは現在、メトロポリタン美術館に展示されています。
 
ハインリッヒは、その後の10年間で482台のピアノを製造しました。
 
ハインリヒ・エンゲルハルト・スタインウェイと彼の家族は1850年に米国に移住します。
 
  • 1853年3月5日には、スタインウェイ&サンズは、グランドピアノを製造するメーカーとして、マンハッタンのウエストサイドに設立されました。
 
  • 1853年ハインリッヒとその家族は「スタインウェイ」というアメリカの名前を名乗ることを決めました。
 
  • 1853年に、「スタインウェイ」と言う名を冠する最初のピアノが製造されました。自分の名前をアメリカナイズすることに決めたのです。483は、$ 500でグリスウォルドという名前のニューヨークの家族に売却されました。現在では、ニューヨークのメトロポリタン美術館で表示されています。
 
  • 1854年、会社設立から1年後、スタインウェイ&サンズは、週に2台のピアノを作り、年間74台のピアノを販売しました。
 
  • 1856年、スタインウェイ&サンズのピアノの売り上げ台数は、ちょうど2年前の74台から、年間208台に大幅上昇しました。
 
  • 1857年、贅沢な彫刻が施されたモデルが作成されました。このピアノ、シリアル#1225は、スタインウェイ初のアートケースピアノであると考えられています。
 
  • 1859年12月20日には、スタインウェイの特徴的な交差弦、特許#26532がヘンリー・スタインウェイ・ジュニアに付与されました。
 
  • 1859年、スタインウェイの最も安価なモデルは275ドルで販売されていました。
 
  • 1863年、ヘンリー・スタインウェイはアメリカに帰化しました。
 
スタインウェイ&サンズは1866年、14th Streetに最初のスタインウェイホールをオープンしました。この初代スタインウェイホールには2,000人収容のホールの他、100台のスタインウェイピアノが並ぶショールームが設置されました。
 
ウィリアム・スタインウェイは、アメリカ国内のピアノの90%がスクエアピアノ、5%がアップライト、5%がグランドピアノであると考えました。この頃、グランドピアノの売れ行きは「天使が訪問してくるぐらい稀」だったそうです。
 
  • 1867年、スタインウェイはパリで開かれたピアノの展示会で、Grand Gold Medal of Honorを受賞した最初のアメリカのメーカーになりました。
 
  • 1871年、ウィリアムは「スタインウェイ・マンション」を購入しました。ロングアイランド・サウンドのバワリー湾を見下ろすマンションの価格は、127,500ドルだったそうです。
  
  • 1871年、スタインウェイ&サンズの創設者であるヘンリー・エンゲルハード・スタインウェイが74歳で亡くなりました。
 
  • 1871年、スタインウェイは2,553台のピアノを販売し、1時間当たり1台、または1日あたり10台のペースでピアノを作っていたそうです。
 
ウィリアム・スタインウェイは、1872年にロシアのピアニスト、アントン・ルビンシテインと契約し、239日間で215公演というハードなコンサートツアーを敢行しました。この興業は、両者に莫大な利益をもたらしました。
 
  • 1875年、ロンドンにもスタインウェイホールが開かれました。
 
  • 1881年、スタインウェイは、2,600台以上のピアノを製作しました。
 
  • 1883年、著名な画家アルマ・タデマがピアノケースのデザインを手がけたアルマ・タデマ・モデルD #54538が完成しました。1884年にロンドンに送られたこのピアノ、キーボードの上に「さすらいのミンストレル」、蓋の上に「9人のミューズ」が描かれています。
 
  • 1887年にニューヨークに戻ったこのピアノは、その後、オークションにかけられ、8000ドルで落札されました。その後、ピアノはマンハッタンのマリン・ベック劇場に移動。1980年には、オークションにかけられ36万ドルで売却。現在はボストン美術館に展示されています。
 
  • 1884年、モデルD、#51257は、ニューヨークで完成しました。これはスタインウェイにおける最初のコンサートグランドピアノです。
 
  • 1888年、スタインウェイは、アメリカのメルセデスにエンジン、船舶用エンジンのための部品を製造することでダイムラーと合意に至りました。この関係は1906年まで続きました。
 
  • 1888年、スクエアグランドの広告が最後に行われた年となりました。
 
  • 1890年、コマーシャル戦略の一環で、14thストリートのスタインウェイホールをクローズし、新たに開場するカーネギーホール近くに移動することが決定しました。
 
  • 1891年、カーネギーホールがオープン。カーネギーミュージックホールは3000シート、立ち見1000人収容可能なホールです。
 
  • 1892年には、ポーランド出身のピアニスト、パデレフスキも60回に及ぶ公演を、スタインウェイと共に行い、大成功を収めました。パデレフスキは後にポーランドの首相になったことでも知られています。
 
  • 1892 年12月23日に、新品と中古のピアノ30台を1日で売り上げました。これはこれまでの最高記録となっています。
 
  • 1897年、コネチカット州ニューヘイブンにあったイェール大学の音楽学校は、スタインウェイスクールになりました。
 
  • 1900年、スタインウェイモデルDの小売価格は$ 1,400でした。
 
  • 1902年10万台目のスタインウェイが製造されました。このピアノは、セオドア・ルーズベルト大統領のためのアートケースピアノで、ホワイトハウスのイーストルームに置かれることとなりました。金箔をふんだんに使ったゴージャスなピアノ。「America Receiving the Nine Muses」と題された絵画が描かれています。ピアノの脚にはアメリカンイーグルが彫られました。
 
  • 1903年に新しいスタインウェイが設置されたのを機に、このスタインウェイはスミソニアン博物館に寄贈されました。現在、このスタインウェイは、国立アメリカ歴史博物館のファーストレディースホールに設置されています。
 
  • 1902年、ヘンリー・ツィーグラー・スタインウェイによって設計されたモデルOが発表されました。このモデルはリーズナブルな値段が特長で、値段は高級グランドピアノモデルの3分の1ほどに設定されました。アップライトピアノもモデルOの導入により値下げされました。
 
  • 1904年、モデルKは500ドルという値段が設定されました。
 
  • 1911 年、スタインウェイ&サンズは、6000台以上のピアノを販売しました。
 
  • 1912年、モデルMが発表されました。
 
  • 1922年、モデルOの後継機となるモデルLが発表されました。
 
  • 1923年にアメリカで生産された36万台のピアノの内、56%がスタインウェイのモデルでした。
 
  • 1925年、スタインウェイには2300人の従業員が働いていました。
 
  • 1925年、スタインウェイホールは、西57番街に移転オープンしました。
 
  • 1928年、ウラディミール・ホロヴィッツが30公演にも及ぶツアーを敢行しました。1月13日から15日の3日間、ホロヴィッツはカーネギーホールにて、ニューヨークフィルハーモニックと共演しましたが、この際には「スタインウェイ:不滅の楽器」という、ホロヴィッツお墨付きの販促宣伝も行われました。
 
  • 1928年1月、ホロウィッツとラフマニノフがスタインウェイホールの地下で共演しました。演奏されたのはラフマニノフの第3協奏曲。この作品はホロヴィッツのトレードマークとしても知られています。
 
  • 1932年、スタインウェイ&サンズは900台の新品ピアノを販売しました。その内の888台がグランドピアノでした。 
 
  • 1936年、スタンウェイ&サンズは、サウンドボード(響板)設計に関する特許を取得しました。サウンドボードは「ピアノの魂」とも言われるシステムで、スケール全体にわたる自由で均一なレスポンスを可能にします。このシステムは、音がもっと自由に伝わることを可能にしただけではなく、充実した伸びのあるトーンを実現する役割も果たしています。
 
  • 1936年、スタインウェイ&サンズはアクションの特許を取得します。これによりスタインウェイは、もっともレスポンスのいい、繊細なピアノになりました。実際、テストによりスタインウェイの鍵盤は、他のピアノの鍵盤よりも14%早く弾くことを可能にすると証明されました。
 
  • 1938年、スタインウェイ&サンズは、アメリカ合衆国に2台目のグランドピアノを寄贈しました。#300,000はアメリカ国民への感謝を表すものとしてフランクリン・ルーズベルト大統領が受け取りました。大統領はスタインウェイ&サンズの合衆国音楽界への貢献をたたえました。
 
  • 1950年7月、日本のヤマハがスタインウェイ&サンズを訪れ、日本での販売を要請しました。
 
  • 1956年、スタインウェイ&サンズは、他のピアノメーカーと共に、鍵盤に象牙を使用することをやめ、プラスチックへと変更しました。
 
  • 1958年、テキサス州キルゴアのヴァン・クライバーンが、スタインウェイで行われたチャイコフスキー国際ピアノコンクールで優勝しました。
 
  • 1964年、ヘンリー・スタインウェイは、ヴァン・クライバーンのデビュー10周年を祝う、ニューヨーク・フィルとのステージをスタインウェイホールで開催しました。
 
  • 1972年、スタインウェイ&サンズはCBSミュージカルインストゥルメントに買収されました。CBSは当時、フェンダー、ロジャースオルガン、エレクトロミュージックなどを所有していました。